2011.2.18更新
第八話 -後編-
 

 村では秋祭りの準備が始まろうとしていた。
 アオキカンシジの次男ヘイシは父カンシジの田を見ていた。
 今年は異常気象の所為もあり、実りは芳しくない。
 ヘイシは10代後半の若者で、農業に依存しているアオキの経済を危惧していた。
 当時は物々交換が取引の主で、米や金等の鉱物や塩などが通貨の代わりをしていた。
 物々交換にも現在の通貨価値にあたるものがあり、たとえば米の価値も時間や場所によって変わる。それを利用して利益を得ようとするものも現れはじめていた。
 去年の今頃、カンシジの屋敷に宿を借り、アオキやヘノコギ、サカンヌマを視察に来ているアヒトという男もそういった商人の一人であった。
 アヒトはエハマという海沿いの村の出身である。アヒトの村では村の名前を冠する習慣はないが、アオキの慣習に従いエハマアヒトと名乗っていた。
 アヒトは神経質そうな男で社交的とは言えず、夕食の時も乞われなければ話もしなかった。下唇の一部が欠けており、発音し辛い音があった。食事の場で言葉少なだったのはそのためかも知れない。
 しかし一度口を開けば、話は非常に面白く、村人たちにとって新鮮で刺激的であった。冷静で物静かな態度はその下に強靭な何かを隠し持っているかのようで、人々はアヒトを恐れ、同時に強い魅力を感じた。
 若いヘイシもアヒトに魅かれ、暇を見つけてはついて回った。
 アヒトから聞く旅の話はヘイシの意識を村の外に向かわせた。アヒトもヘイシを可愛がり、交易のことを教えた。交易と言っても国内でのことだが、山を一つ越えればそこは外国のようなものである。
 アヒトは数年前まで主のもとで働いていたが、今は一人で行商のようなことをしている。扱う商品は情報だと言った。
 アヒトはカンシジのもとに一月ほど滞在し、再訪を約束し、また旅に出た。
 聡明な男だったヘイシは、アヒトによって目を開かされた。
 ヘイシはこの一年、考え、そして、見た。この住みなれたアオキの村を、もう一度。不思議なもので、村の外の世界を意識して村を見ると、普段見えてこなかったものが見えるようになっていた。
 アオキとヘノコギの対立、ハラトの問題、そしてサカンヌマとの関係。そういうものが見えてくると、ヘイシには野心のようなものが芽生えてきたのだった。
 この一帯をより良い場所にしたい。
 まず、アオキ、ヘノコギ、ハラトを、真の意味で統一する。そしてサカンヌマと対等の関係を作る。
 ここまでは誰もが夢想し、やがて諦める考えだ。ヘイシはここからさらに一歩進んだ考えを持つに至った。
 統一したアオキとサカンヌマの間に街道を通し、東西に走る街道を繋げ、アオキとサカンヌマを合わせた一帯で東西の品物を交易させるのだ。
 東で安いものを仕入れ西に売り、西で安い物を仕入れ東で売る。その利ざやでアオキとサカンヌマを潤そうというのである。
 この計画にはいくつもの欠点がある。一番大きいのはアオキとサカンヌマの関係である。先にも書いたように、両地域間で起こりうる争いを回避する方法をまず考えないといけない。さらに交易で利を得るのはヘイシが考えるほど簡単ではない。
 しかし、この若い夢想家には行動力と家柄から来る人望があった。
 ヘイシは村の力ある若者たちを口説き、さらには長老たちの中でも革新的で流されやすい者を説き伏せ、父カンシジとヘノコギキョウウに、ニンマショウの排斥を申し出た。
 キョウウは苦い顔でカンシジを見る。カンシジは顔をしかめ、キョウウに謝意を表した。
「ヘイシ、お前は何もわかっていない」カンシジはヘイシを見つめ言った。
「わかっております」ヘイシは言った。
「ニンマショウを排斥して、呪い師はどうする?」
「他から連れてくればいいのです。過去にもそういう例はいくらでもある」
「後任の呪い師に見当はついているのか?」キョウウが口を開いた。
「サカンサルマキの下にエイフンという者がおります」
「サカンヌマから呪い師を連れてくるというのか」キョウウは驚いた。
「ヘイシ、真意を話せ」カンシジが問い詰める。
 ヘイシとて、サカンヌマの呪い師をアオキに招くということがどういうことかわかっているはずだ。
 呪い師には力がある。サカンヌマの宗教的な指導者であるサカンサルマキの配下の者をアオキの呪い師として招くということは、アオキがサカンヌマに恭順するということを意味する。
「アオキとサカンヌマは合併すべきです。そして、それは無血で行われなくてはいけない。たとえサカンヌマに有利な条件であってもです。」ヘイシは言った。
 ニンマショウを排斥することで、アオキとヘノコギは岐路に立たされる。対立を続けるか、真の意味での協調を選ぶか。カンシジもキョウウも、協調を選ぶにはもう少し時間がかかると思っていた。ハラトの問題もある。
 ヘイシは時はすでに満ちたと読んでいた。
 ニンマショウの排斥、アオキとヘノコギの協調。サカンヌマとの平和的合併。そして、アオキはサカンヌマの属国になる。しかし、貿易を通じて両地域の格差は均される。その時、アオキとサカンヌマは一つの村(もはや国と呼べるものかもしれない)になるのだ。
 それがヘイシの描いた絵図である。
 それは如何にも希望的観測に満ちた楽観的な絵図である。
 カンシジもキョウウも、ことはそんなに簡単でないと思っている。しかし、その理想図が民衆の目に魅力的に映ることも知っていた。
 二人はヘイシに脅威を感じた。ヘイシの考えに民衆が踊らされれば、大変な結果を招くかもしれない。
 ヘイシの方法に勝ち目がないわけではない。しかし、裏目が出た時のリスクを考えると、決して賛同は出来ない。サカンヌマの出方次第では、アオキの民はサカンヌマの奴隷に近い存在に成り下がる。それは簡単なことであった。
 近代的な税の概念はまだ成立していなかっただろうが、それに近いものはあった。アオキとサカンヌマで税率を変え、アオキから富を奪い、サカンヌマを富ますことをすれば、アオキとサカンヌマとの差が均されるようなことにはならない。
 そうなってからでは遅いのだ。武力から言っても、サカンヌマはアオキよりも勝っていた。戦になっても勝ち目がない。そもそも戦を避けるためのヘイシの提案であったなら、本末転倒である。
 カンシジとキョウウはヘイシを下がらせ協議した。ニンマショウに立ち直ってもらわないといけない。
 少なくともニンマショウの代までは呪い師を続けてもらいたい。その間に別の、サカンヌマに関係のない、出来ればニンマの一族の中から適任者を見つけ、ニンマショウのあとを継がせるべきだ。
 すでに形骸化しているとはいえアオキとヘノコギのわだかまりが完全に消えるのには、少なくともヘイシの代が父親となるくらいの時間は必要だというのが、カンシジとキョウウの考えだった。つまり、自分たちの代が死に絶えるまでは待たないといけない。
 二人はニンマショウを訪ねることにした。

  翌朝、まだ日も昇る前、アオキカンシジとヘノコギキョウウはメグロ川に架かる橋で待ち合わせ、連れ立ってニンマショウの屋敷に向かった。
 屋敷にニンマショウの姿はなく、戸は堅く閉じられていた。村の若い者たちの情報通りである。
 彼らが言うには、ニンマショウはメグロ川の上流にある桃の木の側に仮の家を建てて実験に没頭しているらしい。
 その場所はすでにヤマヒトの住む領域である。出来れば踏み入りたくない領域である。
 二人は腹ごしらえをして、メグロ川を遡って行った。
 夏の終わりである。川沿いはいくらか涼しかった。日が中天に差し掛かる少し前、二人は小さな小屋を見つけた。猟師が森で仮眠を取る時に建てるような小屋である。
 柱を中心に馬の皮を円錐に張ったもので、人が二人ほど横になれる床面積を確保している。
「ニンマショウ、居るか? アオキカンシジだ」
「ヘノコギキョウウも居るぞ」
 二人は声を張り上げた。
 小屋の中に人の気配がする。
 二人は緊張して待った。
 小屋の入り口が開いた音がした。二人から見えないところに入り口はあったようだ。ニンマショウの後頭部が見え、小屋を回りこむ形で顔を見せた。
 ニンマショウは赤子を抱えていた。
 カンシジとキョウウは驚きを隠せない。
「その子は?」
「俺と桃の実の間に生まれた子だ」
 ニンマショウは表情を変えずそう言った。
 カンシジとキョウウはニンマショウに走り寄り、赤子を覗き込んだ。赤子は痩せ、顔色も悪かった。
「とても信じられぬ」カンシジが言った。
「信じなくても良い。だが事実だ」ニンマショウが言う。
「人となんら変りないではないか」
「だが、この子は神を宿している」
「バカな」キョウウも口を挟む。
 ニンマショウは泰然としている。川の方を見た。そして言った。
「あれが証拠だ」
 カンシジとキョウウが、ニンマショウの言葉に導かれた方を見ると、そこには洗濯物を抱えたタネが歩いていた。
 カンシジとキョウウは我が目を疑い、もう一度ニンマショウを見た。
「この子が、タネを死者の国から連れ帰ったのだ」
 ニンマショウはやはり、表情も変えずにそう言った。

(第九話へつづく)
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