2011.2.18更新
第八話 -前編-
 

 妊娠から出産の期間は十月十日と言われている。調べてみると正常に妊娠し出産に至った場合、妊娠期間は280日前後だと言われている。
 ニンマショウは経験から、これより短く考えていた。妊娠から出産まで大体6ヶ月から7ヶ月を想定していた。
 割れた桃の実に射精し、精液の中の小さな人間を、桃の種と結びつけ子をなす実験はあることで頓挫していたのである。
 それは妊娠期間の問題だった。
 精液の中の小さな人間たちは無数に居て、お互い食い合い、最終的に一つになる。その一つが子になるというニンマショウの考えは皆さんすでに御存知であろう。
 その食い合いにかかる時間が即ち妊娠期間である6〜7ヶ月(ニンマショウの考える妊娠期間)なのである。
 しかし、桃の実が腐らずにあるのは精々一月だった。この短い期間では精液中の小さい人間たちは大きくなれないということに思い至ったのだ。
 ニンマショウはそこでただ桃の実に射精し経過を見守るという実験を一時中止した。
 次に着目したのは種であった。種は時間をかけて木になり、やがて花を咲かせ実を結ぶ。
 ニンマショウは桃の種を取り出し、それを二つに割った。
 種の中には仁があった。それは小さな桃に見え、ニンマショウは精液の中に小さな人間が居るという考えをより確信に近づけたのだった。
 割った種の中に射精し再び閉じた後、土に埋めた。また、種の殻の一部に穴を開け、そこから精液を流し込んだりもした。
 ニンマショウは実験に没頭した。
 村の人々は何日も屋敷を空けているニンマショウを怪訝に思い、子供たちを使って見張らせた。そうしてニンマショウの実験は人々の知るところとなった。
「ニンマ様は桃の実とまぐわっている」
 アオキの人々がニンマショウを気味悪く思い始めたのは当然だろう。
 もともと得体の知れない人間である。それが魔術的な実験に没頭し始めたのだ。
 タネを亡くしてからのニンマショウはアオキの村の人々とほとんど交流しなくなっていた。呪い師としての職務もこなしていない。代掻きの前の祭もニンマショウ無しで行われた。
 春の祭はそれで済んだが、秋の祭はそうは行かない。
 アオキの人々の信仰についてはこれまで触れずいたが、ここで少し考えてみよう。
 ニンマショウは精液の中に小さな人間の存在を仮定した。その小さな人間の中にはまた小さな人間が居るわけである。
 この入れ子のような構造を考えたとき、当然、人間の外に居る大きな人間を想定するのである。大きな人間の外には、さらに大きな人間が居る。もちろん人間ばかりでなく、全ての生き物、全ての物々の外にもそれはある。
 その大きな存在を世界と呼んだり、神と呼んだりするわけだ。そして神々たちにも外があり、神々よりも大きな神もまた存在する。それは天井知らずに膨張して行って、終わりがない。
 終わりがないもの、それは、終わりと始まりが繋がっているものだ。
 終わりは始まりの始まりとなる。
 個人があり、家族があり、村があり、町があり、国家があり、世界があり、星があり、銀河があり、宇宙がある。
 そういった入れ子をニンマショウの宗教は想定していったのではないだろうか。もちろん国や宇宙などといった概念を持っていたわけではなく、人間の中の小さな人間の仮定から類推していったに過ぎない。
 このニンマショウの想念は、アオキの人々には正確には伝わっていない。
 しかし、人間や動物、物々が集まって巨大な何かを形成し、それは神の如きものである、という概念はおぼろげながら村人たちの間にも浸透している。
 神は我々の外、即ち天にある。
 アオキの人々は神をそういう想念で捉えていた。
 人間が死ねば、その中にある小さな人間も死ぬ。神と人とは地続きであり、神は人の上位に立つ者だ。
 祭は上位の者への感謝であり、上位の者への交信でもある。怠れば神の機嫌を損ねる、人間の事を忘れてしまうかもしれない。
 祭を行うのにはそういった宗教的な意味合いの他に現実的な理由もあった。
 秋の祭では、多くの若者たちが恋をする。村全体でお互いの労をねぎらい合う。
 秋の祭は、熱狂的な側面と理知的な側面を併せ持っていた。
 その祭を取り仕切るのが呪い師の仕事でもあった。実務的なことは村長を始めとした村の主だったものが勧めるが、アオキ村とヘノコギ村には未だ溝がある。
 どちらかの村長が物事を決定するのは難しかった。アオキ一帯の呪い師であるニンマの者が象徴的であるにしろ、真ん中に立たないといけなかったのである。
 村の年寄りたちはそういう事情を充分に理解していたため、ニンマショウの排斥には反対だった。
 ところが若い者たちは違った。若い者たちの中にはアオキとヘノコギとのわだかまりを感じない者も居た。そういった者たちにはニンマショウの存在意義もないように見えるのだ。
 問題は中々に複雑である。
 アオキカンシジとヘノコギキョウウは、アオキ一帯を治めるために両村の対立を利用してきた。時には競争心を煽るのに利用し、若者のやり場のない怒りの捌け口にし、わだかまりを持つもの同志が結託するときの熱気を利用してきた。また、村外の商人との取引にも互いの村を引き合いに出し値引きの交渉を行ったりもしてきた。
 二人の共通の見解では、アオキとヘコノギの対立は、若い世代においてはもう形骸化しているが、形骸化していることでこそアオキ一帯に利益を生むのだった。
 そういった構造を知ったればこそ、アオキとヘノコギが本当に一つになってしまうことで起きる弊害も理解していた。
 アオキとヘノコギが真の意味で一つになれば、ハラトの人々も許され、結果としてアオキ、ヘノコギ、ハラトが一村に合併した形になる。現在も体裁としてはそうなのだが、そうは機能していない。
 アオキが一つにまとまれば、経済的にサカンヌマと肩を並べることになる。
 アオキの村長は大きな権力を得ることになるだろう。
 権力をめぐり村の中で紛争のようなことが起こる可能性も考えられる。火種は今でもあるのだが、アオキ・ヘノコギ両村の対立構造を利用し、そのエネルギーは上手く逃がされていた。
 紛争でもおきればサカンヌマが黙っては居まい。混乱に乗じてアオキを乗っ取ることを考えるだろう。
 アオキの統一がすんなり済むとしても、サカンヌマとの戦争を回避できるかどうかはわからない。
 もしアオキがまとまれば、サカンヌマにとって脅威となる。まとまる前に取ってしまえと考えるのは当然だった。サカンハチロウのあとを継いだサカンリョウは血気盛んな若者だ。
 アオキとヘノコギ、そしてサカンヌマは、今の状態を保っているのが一番平和なのである。
 ニンマショウの存在はアオキとヘノコギを対立させたまま、維持するのに重要だった。
 ニンマショウは、そんな両村長の思惑を知っていた。知っていて自分の立場の範疇で好きなことをして暮らしていたのである。
 そして今、ニンマショウは自分に許された範疇の境界ギリギリのところに居た。
 秋の祭までおろそかにすれば、村の若者たちによってニンマショウは排斥されるだろう。両村長もニンマショウに代わるシステムを検討しだすに違いない。
 しかしニンマショウは実験に没頭していた。
 タネを失った飢餓感、そして、何かがつかめそうだという、研究者としての興奮、生への恨みや羨望、畏怖から来る渇望、ゆがんだ性欲、そんな諸々がニンマショウを実験へと駆り立てているのだ。

  ニンマショウの一日は桃の種を仔細に観察することから始まる。最早、観察することしか出来ない。待つだけだ。
 待っている時間は思索に費やした。眠ってしまわないよう、川に浸かり考える。
 ある時ニンマショウは川に浸りながら、夢と現の間に居た。
 全裸になり首まで川の水に浸かる。川の深みは流れが強く、しっかりと踏ん張っていなければ流される。そういう状態に居てニンマショウはうたた寝しているのである。
 ニンマショウはうたた寝しようと思ってうたた寝しているのだ。
 夢は異界である。この世とは別の理があり、この世よりも自由な異界である。そこで思索することで、現とは別の何かにたどり着けることがあった。
 概念としての「無意識」を想定出来ていたわけではないだろう。しかし、「無意識」に潜りそこで思索する術をニンマの一族は知っていた。
 川の深みに浸かり、川の流れに抵抗しながら、うたた寝し、瞑想する方法はニンマの一族に伝わる秘伝であった。
 ニンマショウは川の飛沫を見ていた。目の高さはほとんど水面に近い。大きな流れの中にも小さな流れが幾筋もあり、それはぶつかりあい水滴を飛ばしていた。
 ニンマショウが見ている映像は目から受信したものと、脳内でつくり出したものが渾然一体となっている。
 目の前に見える飛沫は、ニンマショウの体にぶつかり逆流した流れと、川本来の流れがぶつかって起きたもので、目の前で飛んでいる。現実に起きている。
 現実に見える飛沫はとても小さなものである。しかし今、ニンマショウの目には、その飛沫が拡大して見えている。これはニンマショウの夢がつくり出した映像だ。
 飛沫は拡大されていき、顔と同じくらいの大きさである。それはゆっくり回転しており、徐々に形を変えていっている。球に近かった飛沫はひしゃげて、空豆のような形になる。その中央のくびれはさらに増して行き、瓢箪のような形になり、やがて二つに分かれた。
 ニンマショウは別れた片割れを観察する。それは再び、二つに分かれる。
 何かが閃いた気がした。水面に顔を突っ込み、慌てて顔を起す。
 頭は完全に覚醒している。水面から肩を出し、呼吸を確保する。目に入った水を手で払う。
 分かれて増える。集まって増える。
 ニンマショウはその閃きが生の秘密についての何かを解く様に感じた。
 そしてその閃きが筋だった論理として顕在化したとき、ニンマショウのこれまでの実験は全て無駄に終るように予感したのだった。
 ニンマショウはその閃きを封じこめ、見ない様にした。

(第八話 -後編- へつづく)
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