2010.2.19更新
第二話
 

 モモタロウの誕生を語るにはアオキニンマショウという男について語らねばなるまい。
 鬼が都を荒らし始める前の話になる。
 アオキはこの辺りの地名である。メグロ川と呼ばれる川を挟んでアオキ村とヘコノギ村がある。二つの村がある辺りはアオキと呼ばれていた。
 土地の者は、アオキ村の辺りはアオキ、ヘコノギ村の辺りはヘコノギと、分けて呼んでいたが、外の者たちはその辺り一帯をまとめてアオキと呼んでいた。

 ニンマショウは川の上流に居を構え妻と二人で住んでいる。老人であったが、若い妻を娶っていた。妻のタネはまだ少女の面影の残る年齢であった。
 二人は何をして生計を立てていたのであろう。それはこれから徐々に語っていくつもりであるが、薄汚れた老人であるニンマショウの元に若く美しいタネが嫁として嫁いで来たのにも理由があるのだ。
 ニンマショウは現代に生きていればきっと何がしかの分野で天才と呼ばれたであろう優秀な人物であった。
 当時の情報網の脆弱さでは天才たちの偉業はなかなか世間に知れ渡らず、ただ上流の家庭に生まれた天才たちが時折脚光を浴びることがあるばかりであった。
 それですらごく限られた分野のみであったし、非常に狭い共同体のなかでの話だ。ましてや路傍の天才が世間に頭角を現すことなどはとてもとても稀であった。

 ニンマショウもまた例に漏れず、その天才は世間からは埋もれていた。
 しかしながら世間に触れず純粋培養されたニンマショウの天才はそれ故に独自の発展を遂げていたのである。彼一人の妄想は何人の干渉も受けずただただ自由奔放にそして独自に成長していった。
 ニンマショウは父から受け継いだ論理を基に、彼なりの新しい解釈で世界を構築していった。
現代においては教育が行き届いているため、またマスメディアの影響のため、我々個人個人の世界観には大きな開きが無い。
 地球は球体でそのほとんどを海が占めている。
 我々は海を知り、山を知り、木を知り、石を知り、水を知り、雪を知り、大気を知り、そこに住む動物を知り、魚を知り、そのことで世界を我々の下に従えたような気になっている。また我々は神をも従えた気になっている。
 当時世界のほとんどは未知であった。世界の存在すら知らない者も居た。もちろん現代を生きる我々が「世界を知っている」などと感じるのもただの思い上がりの類であるのだが、それにしても世界はほとんど闇の中であった。
 ニンマショウは狭い家の中でその闇と対峙することに生涯を捧げていた。
 言わば呪い師のようなものだった。
 村で起きた様々な問題を、師父から受け継いだ論理体系とでも言えるもので解決するのがニンマショウの仕事であった。森に入り木や石から薬も作った。時には神託として、村の指導者に政治的な助言を与えることもあった。
 村から離れたところに住んでいるのは、村人から畏怖されていたからだった。
 それに村に居ては都合が悪かった。ニンマショウの商売はミステリアスであることが前提であったからその生活を村人に垣間見せるのは得策ではなかった。
 またニンマショウは自身が権力を持ってしまうのを恐れた。
 神の告げを聞き、医学に精通し、強力な呪力を持つ自分が権力を持ってしまっては必ず疎まれる。力あるものに殺されるだろう。そのことを知っていたからニンマショウの一族は代々、村から離れた川の上流に居を構えていた。
 ニンマショウは生まれてから7年間一言も言葉を発さなかったそうである。
 孤児であったニンマショウを引き取り育てていた夫婦はニンマショウの耳に障害があるのを疑って、後にニンマショウの父となるニンマセイの元を訪ねた。
 ニンマショウの耳にはなんの異常も無かった。その診察と治療の間にニンマセイはニンマショウの才能を見出したのである。ニンマセイはニンマショウを引き取った。
 ニンマセイは孤児や、私生児、病気を持った子の中から才能ありと認めた者をもらい受け修行を積ませていたのだ。
 成人出来た者たちは他の村々に呪い師として住みついたり、放浪の旅路を生きているが、ほとんどは死んでしまった。
 これは何も修行の厳しさからではなく、当時大人になるまで生きられる者は未だ極端に少なかったのである。さらにニンマセイが才能の芽を見出す子らはなぜか体や心の弱い者たちがほとんどだった。
 言葉を話さない子供ニンマショウは、ニンマセイに引き取られ、長じて言葉を話すようになるが未だに口数は少ない。

  当時、老人は尊敬されていた。
 生きた時間と知識の量が比例していた時代だったのである。
 現代のように情報が無料で簡単に手に入る時代ではなかった。
 情報のほとんどは個人の経験からしか得られなかったのである。老いた人はそれだけで、重宝され、生き神のように扱われた。老人たちは当時大変貴重だった知識を長く生きたぶんだけ多く持っていたのである。
 ただニンマショウの一族だけは特殊で、知識を若いうちから受け継ぐ体系が出来ていた。これは仏教の僧侶なども一緒であろう。もしくは一部の上流階級でも若いうちから知識を受け継ぐ体系、即ち教育が確立していたかも知れない。
 民間にももちろん教育のごときはあったが、しっかりと体系立てられ、学問として確立しているとは言い難かった。
 年上の者が年下の者にちょっとした知識を伝えるようなことはあった。
 若者組や女組、年寄り組のようなものは村によっては存在しており、祭りの準備を行う時など年近い者たちが集まり、組の中で知識を共有しあうようなことは行われていたようである。しかし、知識を共有するまでで、知識を蓄積させ、体系付け、発展させていくような試みは行われていなかった。
 ニンマショウは幼いころから兄弟姉妹と共に父のニンマセイから様々な博学的な知識を受け継いできたわけである。それはニンマショウの一族が蓄積し体系付け発展させて来た知識である。
 受け継がれた知識は天才ニンマショウの中で長期間熟成され、知能と結びつき知恵として精製されていった。
 その知恵を元にニンマショウは研究を試みていた。呪い師の仕事とは別にそれは行われていたのである。

  ニンマショウの興味は生誕の謎を暴くことにあった。
 この辺りでは子を取り上げるのは産婆の仕事であった。産婆は出産経験の豊富な女がなり、出産経験のある女が助手を務めたが、不意の出血や、生まれたての子に魔が憑くのを防ぐため呪い師が出産に立ち会うこともしばしばであった。
 出産の場でニンマショウがどのようなインスピレーションを得たのか我々は知りようもないが、推測するに彼はそこに一種の科学的な因果を見たのではないだろうか? 即ち性交によって二つの生命間に新しい生命を生誕せしめるという因果関係を。
 子供が出来るプロセスを我々は熟知しているつもりである。
 しかし、そのプロセスが解明される以前の人間たちにはそれは全くの神秘であったに違いないのだ。この当時の人々の中で、受胎と性交の因果関係を正確に把握している人は一人も居なかったのである。
 性交した男女の間に子が出来るらしいことは、なんとなくわかっていたかも知れない。しかしそれとて確信するには至らなかったはずだ。
 性交は現在ほど閉じられたものではなかった。
 夫婦間以外での性交は罪でも何でもなかったのだ。しかし、自身の思い人が自分以外の者と肌を合わせることで生じる嫉妬の情はこの頃からあったと推測する。であるから、そういった自由な性交は祭りの日など、ハレの日に限られていたのかも知れない。
 また個人的な浮気のような行為もあまり大っぴらには行われていなかったかも知れないが、今日あるキリスト教的な道徳観は当時の日本には無かったと推測する。
 そうなるとますます、性交と出産との因果関係は見え難くなるだろう。
 当時は処女受胎のようなこともしばしばあった。それはもちろん妊婦の虚偽の報告によるものであるから、厳密には処女受胎ではないのであるが、衆人は事実としてそれを受け入れるしかなかったのだ。そういう症例が事実として散見していたわけだから、そこで本当のことを知るのはなかなかに難しかったことが想像していただけると思う。

  ニンマショウは自身を岩と人間の間に出来た子ではないかと疑っていた。
 それは我々から見ると奇異な思いつきかも知れない。しかし、精子も卵子もまだ発見される以前の話である。岩に精を放てば、岩との間に子が出来ると信じる者もあって当然だ。確かにそれは少数派であったかも知れないが、少なくともニンマショウはそう信じていた。
 ただニンマショウの場合はもう少し深く考察した上でのことであった。ただただ無垢にそう信じていたわけではない。ニンマショウは精子の存在をおぼろげながら掴んでいたのである。
 その白い体液の中には無数の小さな人間が居り、それが女の体内でお互い食い合って成長する。そして生き残った固体は同胞を餌食にして大きくなり、やがて母体より産み落とされると考えていたのだ。ちなみに肛交では子は出来ないと思っていた。なぜなら排泄されてしまうからだ。男と男の間に子が出来ないことをニンマショウはそう理解していた。
 であるから、岩にそれを放ち正しいプロセスでそれを全滅させず育てることが出来れば、岩と人との間に子をなせると考えたのだ。
 母と父の特徴を子はよく受け継ぐ。その特性は経験的に知っていたから、岩と人間の間に出来た子は岩的な特徴を備えているはずだ。ニンマショウが幼い頃、他の子に比して言葉を発するのが遅かったのはそのためだろうと考えたのだ。
 人間以外の動物は、その異生物間の性交から生まれそれぞれに特化していき、今の状態に至ったというのがニンマショウの考えである。
 つまり、この世界には最初数種の生き物しか居らず、それらが異種間の性交を繰り返すうちに、亜種が増えていき、その中でも似た特徴を持った者たちが群をなし、それぞれの特徴をより強固にしていったのだ。それが例えば鹿であったり、馬であったりするわけである。ではなぜ、馬と鹿は混ざらないのか。今ではもう住み分けがなされているからである。
 卵子の存在をこそ、着想できていないが、ニンマショウ一人の頭の中でそこまでの発想がなされていたことは驚嘆に値するだろう。当然、ニンマショウの一族が蓄積してきた知識の助けを借りての発想ではあるが、それを計算に入れてもニンマショウの天才が曇るものではない。
 ニンマショウは性交と出産の間の因果関係を見抜き、さらに受精の秘密にまで迫っていたのだ。

  ニンマショウは父のニンマセイのように、弟子を取るべき年齢に達してもそれをしなかった。
 ニンマセイと違い、村の人々から気味悪がられていたこともあっただろう。村の人たちは子をニンマショウに預けることを躊躇した。また、ニンマショウ自身も積極的に子をもらい受けようとはしなかった。
 それはアオキの辺りに呪い師が居なくなるという結果をもたらすことになる。それは避けねばならない。ニンマショウが亡くなったとき、他の地域から呪い師に来てもらうことも出来る。しかしやはり、その土地で生まれ育った呪い師の方が村人たちも安心できるのだ。
 呪い師は大きな力を持っている。外から連れて来た呪い師が野心を持った者であれば村ごと乗っ取られる危険性もあるのだ。
 呪い師たちは毒物に関する専門知識も有していた。
 当時、毒の力と呪力は未分化であったと思われる。それが毒の所為なのか、呪術の所為なのか使う呪い師本人にも判然としなかったのではないだろうか。呪いに毒物を使用することはポピュラーであったのだ。
 アオキ村とヘコノギ村の呪い師であるニンマショウが弟子を取らないことは、故に、村人たちにとって問題であった。
 両村の村長アオキカンシジとヘコノギキョウウはニンマショウに弟子を取るように、お願いに行った。
 3人は酒を飲み語りあった。腹の探りあいである。
 ニンマショウはのらりくらりと、二人の申し出をかわしていたが、こういった交渉に関しては村長たちに一日の長があった。
 当時の村長は、村で一番人から嫌われず、一番貧しい者がなった。
 村長たちは、富を蓄えることをしない。そんなことをすれば村人たちの反感を買おう。村長は一番汚い小屋に住み、一番汚い服を着ていた。得た富は速やかに村人たちに分配し、村長になった者とその家族は、生きていけるギリギリのものしか取らなかった。その代わり、村長は皆からの信頼と権力を持っていた。
 争いの場においては双方の中間に立ち、これを収めるように勤めた。村長たちは皆、交渉上手だったのである。
 呪い師であるニンマショウは、人と話すことに慣れていなかった。村の外で育ったからだ。二人の村長の話術にすっかり気を良くしてしまった。
 ニンマショウは自身の研究について語りだした。
「オレは子を作ろうと思っているのだ。しかし、人と人の間の子ではない。人と人以外のものとの子だ。神を宿した子をも作れるかもしれない。オレはこの手で新しい生命を作りだしてみたいのだ」
「しかしニンマショウ、あなたは弟子すら作れないではないか」カンシジが言った。
「作れないのではない、作らないのだ」
「しかし、人は皆、あなたには死神の呪いがかかっていて、子をとればそれは皆死ぬと言うぞ」
「はっはっは、オレは死神など怖くないぞ。オレは死者の国の王とも顔なじみだ」
「では、証明してくれ」
「わかった、お前たちはオレをたきつけて、オレに弟子を取らそうとしているのだろう。良いだろう。オレは弟子を取るぞ」
  二人の村長はそれを聞いて胸をなでおろした。
「オレはまず嫁をもらおう」ニンマショウは言った。
 呪い師が嫁を持つことは珍しいことではなかった。しかし、ニンマショウの一族は代々嫁を取ることを禁じていたのだ。
 ニンマショウの一族はある強力な薬をつくることで有名であった。それは精力剤のごときもので、それを病気の者が飲めば大抵の病は治った。また元気な者が飲めば絶倫の精力を得られるのだった。
その薬は馬の屍を煮て作るのだ。
 当時の人は獣の肉を食っていた。しかしアオキの辺りは農耕が盛んで川の幸も豊富であった為、獣を食べることはそれほど一般的ではなかった。獣食はどちらかというと祭儀的な意味合いが強かったのである。
 獣は人の友人であるような感覚を皆が持っていたのだ。
 呪い師が薬を作るために獣の屍を利用するような場合でさえ、それには罪悪感が伴った。また、ニンマショウの一族の薬は、馬の肉も臓物も骨すらも使用するため、塚を作って供養することもままならない。埋めるべき屍が残らないからだ。
 馬の屍を煮て薬を作る彼らは「穢れている」と考えられた。現在の「穢れ」とは少し感覚が違うかもしれない。馬に呪われているという感覚が近いのかもしれない。
 穢れた者が嫁を娶るわけにはいかない。
 カンシジとキョウウは動揺した。ニンマショウが二人を困らせようと冗談を言っているに違いないと思った。
 しかし、どうやらニンマショウは本気のようである。

 ニンマショウは子をなし、その子を弟子にするというのだ。カンシジとキョウウはその真意を図りかねた。
 実のところニンマショウは優秀な弟子が欲しかったのである。彼の研究を引き継げるほどの能力を持った者が。ニンマショウはそれを物色するために二つの村を見て歩いた。孤児に限らず全ての子らを仔細に観察した。しかし、居なかった。彼の研究を引き継げるほどの能力を持った者が。
 ニンマショウは、自分の研究が自分一代では到底結実しないものだと見抜いていた。そしてこの会合の最中、ニンマショウは思い至ったのだ。
 自身の子を弟子に仕立てたらよかろうと。
 ニンマショウが嫁を欲したのはそういうわけであった。その理由はニンマショウの中にある人恋しさや、性欲のようなものの隠れ蓑であったのかもしれない。
 困ったのはカンシジとキョウウであった。ニンマショウの元に喜んで嫁に行く者など、村中探しても見つからないように思われた。
 二人は村に帰るとこの話を早速村人たちに話した。
 村人たちはニンマショウを恐れていたが、中には疎んじている者もいた。これを機にあいつを殺してしまってはどうか、という意見も出た。しかし、実際に殺すとなるとやはりその呪いが恐ろしいのだ。
 ハラトのイチという男がカンシジの元にしゃしゃり出た。
「私のもとにイヌという女が身を寄せております。この女は私の一番上の兄の娘で、サカンヌマの城に勤めておりましたが、城の若君との間に子をなし、城を追い出されてしまいました。子を奪われ心を病んでおりますが、もともとの器量は申し分ないし、年もまだ若い。このイヌをニンマショウの嫁に差し出したらいかがでしょう?」と、こう言うのだった。

(第三話へつづく)
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